私はかつての職場で、こんな発言を耳にした。
「他部署に比べて残業が少ないから、今日残業ね」
私「……」
ネイティブの日本語話者による、日本語での発言だったが、私には全く理解できなかった。
たぶん、私の頭上では、小鳥が3、4羽、小さな円を描いて飛んでいただろう。
業務内容は異なるかもしれないが、時間内に仕事を終えているのだから、むしろ評価されるべきではないだろうか。
やることもないのに残業だなんて、タチの悪い罰ゲームとしか思えない。
「15分何もしないでお金がもらえるんだから、ラッキーじゃん」
私「……」
繰り返しになる。
ネイティブの日本語話者による、日本語での発言だったが、私には全く理解できなかった。
たぶん、私の頭上では、再び小鳥が3、4羽、小さな円を描いて飛んでいただろう。
私は何も、1分1秒たりとも無駄にするなと言いたいわけではない。
ただ、時間に対する考え方が、あまりにもかけ離れているのだろう。
私は、自分の中で禁句にしている言葉がある。
それは、
「時間がない」
だ。
時間というのは、「ある」とか「ない」とかいうものではなく、「作る」か「作らない」かだと思っている。
「やりたいことはあるんですけどねー。時間がないからできないんですよねー」
と言っている人は、たぶん時間があってもやらない。
そもそも、本当にやりたいことなら、やらずにはいられないものだと思う。
だから、その人が言う「やりたいこと」は、その人にとって、本当にやりたいことではないのだろう。
私は出勤の5時間前に起床する。
起きたら、ブログやnoteの記事の構想を練ったり、実際に書いたりする。私はマラソンをやっているので、その後は練習をする。
練習後はストレッチ、シャワー、食事を済ませて出勤する。
勤務後は、マラソンの練習がある日は練習をする。なければ、ストレッチ、風呂、食事を済ませ、床に就くまで読書をしたり、旅の計画を立てたり、動画を見たり、ゲームをしたりして、リラックスして過ごす。
私がここで言いたいことは、自分が多忙であるということではない。
「15分ならよくて、30分はダメなの? じゃあ20分は?」「15分もダメ? 5分ならどう?」
ということでもない。
私が言いたいのは、時間に対する考え方である。
私はやりたいことがたくさんある。
だから、何よりも時間が大事だ。
自分の時間をとても大切にしているつもりだ。
そして、それと同時に、他人の時間も同じように大切にしたいと思っている。
なぜなら、他人の時間を大切にすることこそ、その人に対して払える最大の「敬意」だと思うからだ。
「自分の時間を大切にする」ことと「他人の時間を大切にする」ことは、一見すると別の話に見えるかもしれない。
しかし、自分の時間がどれほど大切なものかわかっている人なら、他人の時間もまた、その人にとって大切なものだと想像できるはずだ。
自分の都合で他人の時間を奪わないこと。
それが、相手に対して「敬意を払う」ということなのではないだろうか。
少なくとも、私はそう思っている。
さあ、あなたはどう思いますか。
