職場の同僚から意見を求められたことがある。
「気になる男性と付き合うための恋愛テクニック」というものを、別の同僚男性から聞いたらしい。
「距離を少しずつ近づけていって、自然なスキンシップを取る」と言われたらしい。
しかも実演までして、そのテクニックを伝授したらしい。
調べてみると、ネットやSNSで同様のアドバイスが散見されていた。
私は率直にこう伝えた。
「彼女でもない女性から体を触られたくない」
女性の皆様。
彼氏でもない男性に体を触られたらどう思うだろうか。不審に思ったり、警戒感を抱いたりしないだろうか。場合によっては痴漢と思うかもしれない。男性も同じだ。
ただ、私は説教をしたいのではない。
私がこのアドバイスで気になったのは、「自然な」の部分だ。
何かの行為を「自然」にしようとした時点で、その行為は不自然だ。
相手の男性に、作った自分ではなく、ありのままの自分を好きになってもらいたいと思わないか。
好きな人の前で、ありのままの自分でいられることが最も心地よいのではないか。
もちろん、そんな関係を最初から築けるわけではないが。
そもそも自分を作り続けることには限界がある。
「お前は真面目すぎる。ギャップを見せることが大事」などと言われ、白パンツにブルーの七分丈のシャツ、第一ボタンを開けて、おでこにサングラスをかけたらどうだというので、やってみた。
早朝のジム。これから仕事に行くであろうスーツ姿のビジネスマンや引退後の体力作りに励む年配の方々の中で、浮いた存在だったことは想像に難くないだろう。
気になっていた女性の趣味がスノボだったので、一度、インストラクターの方についてもらい、スノボをやってみた。リフトから降りるのがやっとで、滑ってみれば、全く前に進まず、なぜかずっと横に滑ってしまうというザマ。友人からは「お前の性格が曲がってるから前に進まないんだよ」と言われる始末。
全くもって滑稽であった。
今となっては笑い話だが、振り返ってみると、当時は辛かった。
相手に好かれるために作った自分は本当の自分ではない。いつも仮面を被っていないといけなかった。自分を偽らなければならなかったと言った方が正確かもしれない。偽り続けるのは本当に辛い。
相手に好かれようと自分を作らなければならないということは裏を返せば、そのままの自分は相手に好かれないと、当人が思っているのかもしれない。
そういえば、当時、私は無職だった。東京大学理科三類を不合格になり、途方に暮れていた。すっかり自信を失っていた。自分を見失っていた。
失敗することは、決して恥ずかしいことではない。強いて言えば、恥ずかしいのは挑戦できないことだと私は考えている。当時の私でも、もし目の前に、失敗して落ち込んでいる人がいたら、大きな目標を掲げて挑戦したことを讃えたことだろう。ところが、それを自分に対してはできなかった。だから偽りの自分を作ることに躍起になったのだろう。
「そのままの君で」
仕事は真面目で、笑顔がすてきな、可愛らしい女性だった。そのままで充分魅力的な女性だった。
ただ、彼女の友人が次々と結婚する中、自分だけ長いこと彼氏がいないのは、自分に何か問題があるからだと考えているようだった。どこか焦っているというか、自分に自信を持てなくなっているようだった。
今考えると、恥ずかしいというか照れ臭いことだが、私は家族や友人に、長所を10個挙げてほしいと頼んだことがある。10個もないと言ってきた友人もいたが(笑)
自分からは見えなくなってしまっている自分を、他人に気づかせてもらうのもありかな。
そう。
あなたに魅力がないのではなく、数ある自分の魅力に気づいていないだけじゃない?
アドバイスになったかな?
Good Luck!
