「普通」って何だろう?
普通はそうするよね。
普通に考えなさい。
普通でいいじゃん。
日常の中で、何度も耳にする言葉だ。
しかし、この「普通」とは、一体どういう意味なのだろう。
辞書を調べると、
関係する多くの事例にあてはまる様子。
(新明解国語辞典 第八版)
とある。
つまり、「普通」とは、
“多く見られる傾向”を表す言葉に過ぎない。
大学を出たら就職するのが普通
正社員になるのが普通
30歳までに結婚するのが普通
かもしれない。
では、そうでなかったら、”異常”なのか。
そんなことはないはずだ。
それなのに、
大学を出たのに就職してない?
フラフラしてんなぁ。
派遣社員?
信用できない。正社員を出せ。
30過ぎても結婚してない?
性格に何か問題があるんだろう。
そんな心無い言葉も、耳にする。
確かに、大学を卒業したら、就職する人が多いかもしれない。
だからといって、大卒で就職していない=人生について真剣に考えていない、ということになるのだろうか。
確かに、正社員になる人が多いかもしれない。
だからといって、派遣社員という肩書きは、その人の信用度を測る物差しになるのだろうか。
確かに、30歳までに結婚する人が多いかもしれない。
だからといって、30歳までに結婚しているか否かで、その人の人格を評価できるのだろうか。
「普通」とは、
”多くの事例にあてはまること”
だったはずだ。
それがいつの間にか、
”そうあるべきこと”
に置き換わってしまってはいないだろうか。
“みんなと一緒”は、悪いことではない。
一種の安心感をもたらすかもしれない。
しかし、”みんなと一緒でなければ”と考えた瞬間、自分で考える前に、他人の判断を基準にしてしまう。
そして、自分で判断すべきことを、いつの間にか他人に委ねることになる。
つまり、自分の自由を、自ら手放すことになってしまう。
もし、不自由さを感じているなら、「普通」が「規範」に化けていないか、疑ってみるといいかもしれない。
